三学期始業式あいさつ
- 公開日
- 2016/01/07
- 更新日
- 2016/01/07
校長室から
「生きていく」とは日常を大切にすること
「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草」今日は、1月7日七草です。お正月いろいろとごちそうをいただいたお腹をちょっと休めるためにおかゆを食べるという日本の風習です。
皆さんは、新年にあたってどんな決意をもちましたか。私にとって今年は、特別な年です。私は、今年59才になります。この59才という年齢は、私にとって特別な意味を持っています。それは、私の父が亡くなった年齢だからです。すい臓がんでした。母は、なぜもっと早く病気に気づいてあげられなかったのかと悔やんでいました。私は、今年その父の年齢を迎えます。
2学期の終業式で皆さんに「生きている」と「生きていく」の違いについて話しました。そして生きることへの意志や決意が込められている「生きていく」の実践をお願いしました。実践することが少しでもできましたか。
3学期の始業式にあたり、この「生きていく」について生きることへの意志や決意を持つことについてもう少し考えたいと思います。今の皆さんにとって生きることへの意志や決意を支えているものは何ですか。私は、先ほど話したことですが、59才になる今年を精一杯に生きるということです。明科中学校の校長として皆さんの学力を伸ばすとか、家族と楽しく過ごすではありません。そしてその生き方ができているかどうかの判断基準は、父が死というものと向き合い、受け入れたこの59才という年齢を生きるのに今の自分の姿でよいのかということです。この判断基準を吟味しながら生きていくことが結果として皆さんの学力を伸ばすことになり、家族と楽しく過ごすことにつながると信じています。
さあ、今の皆さんにとって「生きていく」につながる意志や決意を支えているものは何ですか。部活動の成果ですか。志望校の合格ですか。三年生を送る会を成功させることですか。
皆さんにお願いをします。それは、判断基準についてです。私の基準は、父が亡くなったこの59才という年齢に恥じない生活をしているかということです。「生きていく」を心がけているかどうかの判断基準は、部活動で成果をあげるとか志望校の合格とか三年生を送る会を成功させるとかという結果ではなく、部活動で成果を上げるに値する生活ができているのか、志望校に合格するのに値する生活ができているのか、三年生を送る会を成功させるのに値する生活ができているのかという日々の生活ぶりを判断基準としてほしい。日常を大切にすることが「生きていく」ということです。
3学期のスタートにふさわしい、きちんとした姿勢で話を聞いてくれてありがとうございました。先ほど決意発表をしてくれた3人のように、この3学期、がんばっていきましょう。